若乃花

二子山親方(・・・MIME君はフタゴヤマを一発変換してくれません)の逝去で久しぶりに貴乃花親方の映像を見て、あまりの痩せっぷりにびっくりした。
現役の頃の貴乃花親方には「こいつのせいで(マイヒーロー)千代の富士関が引退に・・・」と逆恨みに似た感情を持っていたので、強いしきれいなお相撲なんだけど、なんか、こう、私の中ではヒールだった。あんなに痩せちゃって別人みたい。
一方の若乃花にはどうという感情もなく、「大関にはなれても横綱は無理かな?」と勝手に思っていたので、横綱に昇進したときは少なからず驚いた。そんでもって引退後、タレントに転身したときも驚いた。まー好きなことして生きてたいよね、って思わなくもなかったけど。
で、ここ最近の騒動までお相撲への興味も若乃花への興味も失っていたのだけど、この数日で思い出したことがある。
2年前の2003年は日本ーASEAN交流年*1と銘打って、東南アジアと日本各地で文化交流行事が盛んに行われていたのをご存知の方はどれくらいいるだろう。さらに、その一環としてインドネシアでJapan MartialArts Festivalが開催されたことを知っている人、日本にどれくらいいるんでしょうね。
インドネシアの伝統武道プンチャック・シラットを取り仕切っている団体(PERSILATとIPSI)が中心となって開催されたこのイベントは、インドネシアで盛んに行われている日本の武道(空手や合気道など)を、プンチャック・シラットの武道館で大々的に披露する、というものだった。インドネシアのメディア*2には取り上げられたんですけどね。日本では話題にならなかったんじゃないかなぁ。
このイベントのビックゲストとして招待されたのが花田勝氏と浜田真二(元・豊ノ海)氏。二人とも、相撲界を代表して、の出席だったようだ。当時のメガワティ大統領なんかとも会談してるんじゃないかな・・・?
これを聞いたとき、なんか釈然としなかった。運営方法がかなりアバウト(南国気質)なPERSILAT・IPSIとはいえ、写真を見た限りでは会場の設営とか諸々、非常に力を入れていたし、ASEAN交流年だからこそ、内輪向けではない正式なイベントだったはずだ。
それなのに、相撲界代表が元・横綱とはいえ、日本相撲協会とは全く関係のない一タレントとは・・・このイベントが場所中ならばまあ、仕方ないとも思うけど、開催されたのは7月26日。名古屋場所は終わっていたはずだ。なぜ相撲協会から協会員である親方が来なかったのか。来れなかったのかな・・・・?相撲協会から派遣できない、ではタレントだけど元・横綱で手を打とう、と双方が妥協したのだろうか?
それでもやっぱり納得がいかない。だって、インドネシアの人は素直に「横綱だ〜」と喜んでいたのだもの。それに、主催者側は「日本の武道はインドネシアでここまで親しまれてますよ。日本でもインドネシアの武道に親しんでくださいね」という意図で開催している。このイベントを足がかりに、相撲協会とコネクションを作りたかったはずだ。それが一タレントに人脈作りを手伝えるとは到底思えない。
だから、なんだかこの一件依頼、若乃花に「ズルい人」というイメージを持っている。